読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2015年11月8日

雨の朝。だが雲薄いし明るい。不思議とさわやかなモーニングだ。ここぞとばかりにマルーン5Sunday Morningを流す。日曜日の朝というベタさ。最近はベタなものを喜んで受け入れられるようになった。夏には海行きたいし花火を見たい。クリスマスにはイルミネーション見に行きたい。ベタってやっぱり外さないよ。窓開けて結構な音量で聞いてたから、ご近所中に「サンデーモーニングサンデーモーニング聞いてるよ、あいつ。単純だな。」と思われたことだろう。それもまた良し。


リビングに降りてヨーグルト食べる。胃と腸に沁み渡れビフィズス菌よ。思う存分やってくれビフィズス菌よ。録画したざっくりハイタッチ見る。先週の鬼越トマホークは面白かったな。
 
少し、スマホとは離れて生活したいとも思ってきた。スマホと家庭内別居したい。人生がどれだけ充実しているかはどれだけスマホに触ってないかに比例する。気がする。そう一概には言えないか。しかしなぜツイッターをやる?多分寂しいからだ。
 
昨晩、眠気に負けオードリーのラジオはトークゾーン終わりで寝てしまった。朝、聞けなかった残りをYouTubeで聞く。驚いたが面白かった。深夜ラジオは深夜のテンションで聞くから面白いのだと思っていた。しかし、面白いものはどんなコンディションでも面白いみたいだ。人間、本当の極限まで追い込まれたら最後に残る感情はなんだろうか。怒りだろうか。憎しみだろうか。最後に残る感情が笑いだといいと思う。例えば、何もない無人島に一人置き去りにされる。そこで餓死寸前になったとする。そのときに「なんだ、この非日常的な展開は。ありえないだろう。」と笑えてくるといい。
 
就活の時期に俺が書いてたブログが面白い。かなりセンス感じる。よくこの時期にこんなくそわけわからないこと思いついていたなと思う。
 
昼。家に飯と言える飯がない。母親が主婦コーラスかなんかで余って持ち帰った大量のブルボンの菓子だけある。ひとまずコーヒーを淹れ、それを貪り食うとする。ルマンド。バームロール。チョコリエール。しかし、ブルボンの菓子のおばさん臭さはなんだよ。なぜ人は年を重ねるとブルボンの菓子を好むようになるのだろう。年配の方の家に遊びに行くと必ず出てくる。おばあちゃんの家でも出てくる。俺も歳とったら、「これこれ♪」なんて微笑みながらブルボンの菓子をスーパーの棚から手に取る日が来るのだろうか。今は何も考えたくない。ここまで読んで気づいたと思うが、「ブルボンのお菓子」でなく「ブルボンの菓子」と書いた。理由は分からないがそうするべきだと思った。
 
胃にはカフェインとブルボンの菓子が、肺にはニコチンが重く沈殿するコンディションで夕方からのバイトへ向かう。恐ろしくコンディションが悪い。特に胃のあたりがシャキッとしない。ムカッとする。多分ブルボンの菓子のせいだ。一瞬でシャキッとするにはどうすればいいのだろう。冷水シャワーとかかな。マキタスポーツ聞いてた。サンボマスターとか、福山雅治とか、森山直太朗のパロディの曲を聞いた。面白いなと思った。それ以上の感想は特になかった。駅のエスカレーターにコーヒーの空き缶が転がってるのを子供三人が面白がって見てた。大人からしたら何が面白いんだクソガキ。って話だ。だが俺は本気でうらやましいと思った。俺にもあんな日々があった。全てのものが新鮮な日々が。隣町にチャリで行くだけで冒険気分だった。あと俺にも志村けんのバカ殿様でアホみたいに笑い転げていたときがあるのだ。あの頃みたいに、もう一度何も考えずに笑ってみたいと思った。慣れすぎるのは怖い。
 
体のコンディションが悪いのでイライラしてくる。特にムカついたのが電車の中吊り広告だ。ウンザリする。誰がお前らの陳腐な戦略に乗ってお金を落とすもんか。と思う。俺はそもそも広告というものが好きではない。だって本来邪魔なものでしかないだろ。邪魔なものでしかないくせに最近はどれも偉そうな顔してやがる。俺たち面白いことやってるでしょ感がすごい。もっと申し訳なさそうにしろ。あと最近は泣かせてくる広告も多い気がする。誰がお前らに泣かされるか。それだったら俺はオリンピックとか箱根駅伝とかで泣きたい。
 
バイト。今日で2連勤。腰が激しく痛む。デスクワークにはデスクワークなりの辛さがある。俺の友人が俺のことをぶっ飛んでるやつだと知り合いに噂していたというのを聞かされる。悪い気はしない。むしろぶっ飛んで行こうぜと思っている。もう何にも媚びたくないと思っている。嫌われて何が悪いんだよ。嫌われたくないから何もしないやつが一番つまんねえよ。どんな人にも自分でいけよ。ぶれんなよ。作った笑顔なんて必要ない。誰の機嫌も伺いたくない。だから誰も俺の機嫌を伺うな。と、考えている間もずっと腰が痛かった。座り方が悪いのかな。せめてほぐそうと思って腰を回して歩いたらデューク更家みたいになった。腰が痛いなんで本気で悩んでいる地球上のいきものは人間だけじゃないだろうか。つくづく贅沢ないきものである。
 
今日も頭の中で『真夏の果実』が流れる。昨日はサビだけだったのに、今日はイントロから流れやがる。俺の頭の中に夕暮れのビーチが広がる。ここはどこだ。湘南か。沖縄か。グアムか。ハワイか。すると突然、電話が鳴る。夕暮れのビーチは一瞬で消える。そして顔も知らない人間の追突事故を受付する。
 
今日はとある社員に「いつも遠くを見てるよね」と言われた。言われてみれば確かに近くが見えていない。灯台元暗しなのだろうか。関係ないが、灯台元暗しと大正デモクラシーは語感が全く一緒だ。俺は中一のときに気づいた。あと阿藤快加藤あいはほとんど一緒だ。これも中一で気がついた。
 
今日はやはり胃に沈殿するブルボンの菓子とカフェインのせいで、つま先から頭のてっぺんまで全く働く意欲が湧かなかった。持ち前のポンコツっぷりを発揮した。パソコン入力でミスを重ねる。だが皆助けてくれる。全くもって優しい人達ばかりの職場である。いつかお礼にブルボンの菓子を贈りたい。
 
休憩時間。インスタント蕎麦を食べる。安いし、それなりに美味い。だがジャンクフードを食べたあとは、今は死にたくないなと思う。死ぬならもっとロクなものを食べて死にたい。俺がジャンクフードを食うのも、タバコを吸うのも、酒を飲むのも、不健康なことをして体をいじめることで生きる実感を得たいのかもしれない。21歳の今はまだ生きることしか目の前に横たわっていないが、歳を重ね死がちらつきだしたら、ジャンクフードもタバコも辞めるかもしれない。なんてことを考えた。まあ、楽に行こうぜ。
 
休憩後。暇。ためしに「シュール」でGoogle画像検索してみる。一つも笑えない。最近のシュールについて思うことは結構ある。最近のシュールはシュールの内側でシュールしている。シュールは常に外にいないといけない。と思う。ブルボンの菓子は王道を進みすぎて逆にシュールになってる感がある。そのシュールは正しい。
 
バイト終わる。LINEで母から夕飯が焼肉だと連絡ある。休憩時間に蕎麦食べたが、ブルボンの菓子とインスタントそばが混ざり合う混沌とした胃を救うには肉しかない。張り切って帰るとする。
 
帰り道。ウイーン少年合唱団のクリスマスのアルバムを聞く。雪が積もった西洋の美しい街並みが頭に浮かぶ。しかし待て。ここは千葉県船橋市だ。おまけに雪ではなく雨が降っている。冷静さがタバコの味をより渋くした。
 
肉食って風呂入って歯磨いて寝る。